アイドルマスター・やよい誕生日SS
パーティーの狭間で
「時間、大丈夫か?」 腕時計を見せながら訊くと、はい、とやよいは頷いて、 「今日はちょっと遅くなっちゃうって言ってきましたから」 「まあ、待たせるのも悪いから少し急ぐな」 「わかりました。でも、あまりスピード出さないで下さいね……?」 やよいはそう言って、心配そうに俺を見上げる。苦笑して頭を撫でてやると、くすぐったそうに首を窄めた。 事務所の入っているテナントビルのエレベータが1階に着き、ゆっくりとドアが開く。弾むように外に出たやよいの後を追って外に出ると、若干寒さの和らいだ初春の夜風が足下を浚っていく。 「賑やかでしたね!」 「まったくだな。賑やかと言うか、うるさいと言うか……」 「えへへ……でも、嬉しかったですっ」 やよいは俺の車の前で立ち止まると、雲の隙間から僅かに星の見える空を見上げた。 「家でやるのも楽しいけど、事務所のみんなとパーティーするのも、すっごく楽しかったです」 「そうだなぁ。じゃあ、伊織の時はお返ししないとな」 「あ、そうですね!」 事務所のやよい誕生日パーティーの企画は、当初は俺の筈だったのだが、他の仕事が重なったのと、伊織が自分でやると言い出して結局任せる事になってしまった。伊織の事だ、どんなパーディーに仕立てるつもりなのかと心配していたのだが、何とも地味な手作り感漂う、けれど温かい雰囲気に仕上がっていた。春香のケーキはなかなか良い出来だったし、亜美や真美が手伝っていた飾り付けも綺麗なものだった。 「あたし、絶対お返しします。伊織ちゃんだけじゃなくて、みんなの時もお手伝いします」 「ああ、そうしよう。俺はちょっと今回忙しかったけど、次はもっと事務所に居られると思うから」 そう言うと、やよいは嬉しそうにうなずいた。 車のドアを開け、俺は乗り込む前に後部座席に置いておいた小箱を取った。デパートで買ったときにリボンで綺麗にラッピングしてもらったものだ。 「プロデューサー? どうしたんですか?」 やよいが背伸びをして車の反対側から覗き込んでくる。俺は、箱をやよいの目の前に差し出した。 「え?」 「プレゼントだよ。やよい、誕生日おめでとう」 「え、でも、さっきのお料理の用意とか……」 「あれは事務所持ちだから。これは俺からのプレゼント」 しばらくきょとんとしていたやよいは、パッと顔を明るくして、けれどすぐに俯いてしまった。 「どうした?」 「いえ、あの、ありがとうございますっ」 やよいは思いっきりお辞儀をして箱を受け取ると、車を回り込んで俺の前に立ち止まった。 「あの、これ、開けてもいいですか?」 「今? 別にいいけど……」 「じゃ、じゃあ」 やよいは慎重にリボンを外して、ラッピングの包装紙も破かずに剥いていく。素っ気ない白い段ボールの箱を開けると、やよいはその中身に視線を落として、次に俺の顔を見上げた。 「……やよい?」 いつもの笑顔に辿り着けない、そんな表情を見せて、やよいは交互に俺とプレゼントを見比べた。 「あれ……悪い、あまり欲しくないやつだったか?」 俺が言うと、やよいはぶんぶんと首を横に振る。 「そっ、そんなことありません! 嬉しいですっ! 嬉しい、んですけど……」 やよいは箱を強く握って、 「え、えへへ……嬉しすぎて、どうしたらいいか、わからないんです。……でも、プロデューサー? あたし、ほんとに嬉しいんですよ? それは、ほんと、絶対です。すっごく嬉しいんです」 やよいは、真剣な表情で何度もうなずく。いつも嬉しいと言えば万歳して喜ぶやよいだけど、それとは何か違う……って事なのかもしれない。何とか俺に解って貰おうと大慌てのやよいに苦笑して、頭を撫でてやる。まるで懐いた猫のように動きを止めて、恥ずかしそうに俯くやよい。 「喜んでくれて俺も嬉しいよ。ほら、早く帰らないと家の人達が待ってるだろ?」 「あっ、そ、そうですね!」 はっとして顔を上げてから、やよいは手元のプレゼントにまた視線を落とす。 「あの……プロデューサー」 「なんだ?」 「これ……」 やよいは血色の良い頬をもう少しだけ赤くして、プレゼントの箱を俺に差し出した。 「こ、これ……あの、あたしに、掛けてもらえませんかっ?」 「……ああ、構わないけど」 俺が箱を受け取ると、やよいは下げていたポシェットを首から外して、大切そうに手に抱えた。 「えっと、お願いしますっ」 やよいは、お辞儀をするように頭を垂れる。暗がりに彼女の白いうなじが映える。俺は、その茶色いポシェット――やよいがほしがっていた新発売のクマチャンポシェット――を取り出して、紐を持つ。頭を垂れるやよいにポシェットを掛けてやろうとすると、紐なんてものでは無くてネックレスか何かのように感じるから不思議なものだ。 俺は、そっと紐をやよいの首に下げてやった。 やよいは、胸元に降りてきたポシェットをきゅっと掴んて、顔を上げた。 目の前に、やよいの顔があった。嬉しい、のとは僅かに違う、それはどこか、幸せな表情。これまでに見たことのない、これまでから一つ年を経た、やよいの顔だ。 「プロデューサー……」 真剣な眼差しに、俺は息をする事を忘れていた。手はまだ紐を握っていて、まるで俺とやよいを結び付けるように輪を作っていた。 都会の大気でぼやけた星明かりの下、やよいの姿は酷く非現実的に見える。大きな目と小振りな唇が間近にあって、その瞳が俄に潤んでいく。やよいがゆっくりと顔を寄せて、俺は、 「あーっ! プロデューサーさんがエッチなことしてるー!!」 夜の街並みに響き渡る声に弾き飛ばされて、俺とやよいは一気に3メートル程も離れた。やよいの事を気にする以前に、俺は事務所の窓から顔を出しているバカに向かって叫んだ。 「美希っ! そういうことを大声で言うんじゃないっ!」 「送りオオカミ〜、おっくりオっオカミ〜」 謎の歌を残して、美希はけらけらと笑いながら姿を消した。が、すぐに次の糾弾者がやけに薄い目を見せて現れた。 「……何をやってるんです、プロデューサー」 決して大きくないのに、千早の声はよく通る。 「ち、違うぞ? 俺はただプレゼントを渡してただけだっ」 「そうですか」はぁ、と千早は呆れたような溜息を吐く。「とにかく、高槻さんのご家族も待ってるんですから、早く送っていってあげたらどうです? もう8時過ぎましたよ。……それとも、小鳥さんに代わりに送っていっていただいたほうが良いんでしょうか?」 「だ、だから平気だって言ってるだろ……な? やよい?」 「は、はいっ! ご心配お掛けしますっ」 …………何の心配だ? 「では、任せましたよ」 バタン、と窓が閉まり、今夜の裁判はようやく 「ちょっとっ、プロデューサー!?」 「よし乗れ!」 「はっ、はい!」 「ちょ、何無視してるのよ! やっぱり家の車で送ってくわ! あっ、待ちなさい! ドア閉めるなっ!」 再度開いた窓から顔を出した伊織。怒鳴り声を背にして車に乗り込み、助手席の鍵を開ける。やよいがシートベルトを締めたのを見てアクセルを踏み込むと、慌てて下に降りてきた伊織が駐車場に駆け出してきたところだった。バックミラーで見ると、両手を振り上げて伊織が何かを叫んでいる。やよいは助手席から後を向いて、手を振っている。 「まったく」 一つ溜息をつくと、伊織が見えなくなって前を向いたやよいが、くすくすと笑って俺を見た。 「プロデューサー。プレゼント、本当にありがとうございますっ」 「……ああ。誕生日おめでとう、やよい」 やよいの見せてくれたいつもの笑顔に、俺は笑ってそう答えた。