番外編 喜緑江美里シリーズ その3
喜緑江美里の建前
それは、随分久しぶりに学食を使った時の事だ。 「お久しぶりです」 カレーうどんを啜っていると、向かいに誰かが座った。サラダとお茶だけを乗せたお盆をテーブルに置き、人当たりの良い笑顔を浮かべた彼女は丸椅子に腰掛ける。俺は視界の隅に映った特徴のある髪の毛に気付いて、とりあえず一本のうどんをゆっくりと咀嚼し飲み込んでから顔を上げる。喜緑さん、あなたも学食ですか。 「ええ。学食は安いですから」 まあそれなりに良心的な値段ではありますがね。それより、そこ危ないですよ。 「何がです?」 俺は眼下のカレーうどんに視線を落とした。 喜緑さんは笑って、 「ご親切にどうもありがとうございます。でも平気ですよ」 そうですか。 俺の呆れた口調はいまいち喜緑さんに伝わりきっていないようで、彼女はドレッシングも掛かっていないサラダにフォークを刺してもそもそと食べ始める。サラダとは言っても、キャベツの千切りの上に申し訳程度のトマトやコーンが乗っかった安っぽいものだ。100円のサラダ、プラス無料のお茶である。 ――――長門が大食いなのは宇宙人の属性なんだと思っていたのだが、違うのだろうか。 カレーうどんに使う気の15%ほどを用いてそんな思案をしていると、喜緑さんは行儀良くフォークを置いて俺の顔を見た。 「……あの、ちょっとお聞きしたいんですが」 なんでしょう。 「ここで突然、夕食を多く食べているので、と言ったらやはり困りますか?」 うどんを途中まで口に入れた状態で俺は固まってしまった。 一体どういう意図の質問なのか。要するに、喜緑さんなりに気を使った訊き方なのだろうか。 確かに俺は宇宙人の食生活について考えていたな。思考に対してそんな回答をいきなり提示されたら、まあそれは困っただろう。そうでなくても、いまいち意図の掴めない行動をする人だからな、喜緑さんは。また何かあるのかと勘繰ってしまうに違いない。 だから、つまりだ。そういう事を訊かれるとやっぱり困るんですがね。 「そうですよね。ですから、今みたいな質問はこれっきりにします」 是非そうして下さい。 喜緑さんはにこりと笑って、セルフサービスのお茶を飲む。 ようやく落ち着いて飯が食えると思って良いんだろうか。 「いいですよ」 ……いや、ですから、 「素直に言う事にしました」 そこに戻るんですか。 「何かおかしいでしょうか?」 俺から見たらいろいろとおかしいんですがね。 「申し訳ありません、勉強不足で」 溜息も出やしない。俺はそれでも無理矢理に溜息を吐き出して、ひとまずカレーうどんを始末する事に集中する。喜緑さんは相変わらず小さい口でもそもそとキャベツを食べている。平気だとは言っていたが、それでも汁跳ねに気を付けてうどんを食べきると、ちょうど喜緑さんもフォークを置いたところだった。 「新鮮ですね」 「……誰かと食べる事がですか?」 「いいえ。いえ、はい」 今のは、前者が本音で後者が建前ですかね? 「後者がお勧めなだけで、どちらも建前です」 喜緑さんは笑って、 「女の子の本音なんてものはそう簡単に口にするものでは無いんですよ」 そんな風に、いつもの調子で誤魔化した。