鶴屋さんの草叢
鶴屋さんの草叢
「んお? キョン君どったの?」
手招きすると、長い髪を左右に揺らしながら鶴屋さんがやってくる。
「こんなとこに隠れて……かくれんぼかなっ?」
そんなところですよ。面白いものが見れる予定なので、ご一緒にどうです?
「面白いもの? じゃ、ご一緒するっさ」
興味津々といった様子で鶴屋さんは俺の隣に並んだ。
さてここがどこかと言うと、体育館に近い草むらの中である。今からここで、とあるイベントが発生するのだ。
「あれ、ハルにゃんだ」
おっと、意外と早く今日の主役の登場だ。ハルヒはまるで獲物を探す肉食獣のような目付きで辺りを睥睨している。
「はっはーん」 鶴屋さんが呟く。「ハルにゃんが誰かに呼び出されて、それを見張ろうってワケだね」
さすが話が早い。何やら面白い展開が見れそうな様子でしたんでね。
「なるほどねっ」
ふんふんと笑って頷く鶴屋さん。冗談の解る人で助かるぜ。
「越後屋ほどでは無いにょろ〜」
はっはっは。お代官様には敵いませんなぁ。
――などとアホなやりとりをしている場合じゃない。噂を……いや、噂はしていなかったが、相手役の登場だ。
登場……だよな?
「女の子、だねぇ」
その女子は、ハルヒを見付けると慌てて駆け寄った。
俺達同様、ここからでもハルヒが驚いているのが解る。と言うかむしろ引いている。あいつが逃げ腰なのは極めて珍しい。
女子はペコペコとお辞儀をしていたかと思うと、手に持っていた何かをハルヒに差し出した。
どうやらマジでマジらしい。冗談のつもりだったが、とんでもないところに出くわしたな、そんな事を考えていた時だ。
「ひゃぁ〜」
何か変な音がして隣を見ると、鶴屋さんが指の隙間からまじまじとその様子を伺っていた。
「ね、ね、キョン君キョン君。アレってアレだよねっ、いわゆるアレだよねっ!?」
突然、鶴屋さんがアレアレ連呼しだした。えーと、ひとまず落ち着いて下さい。
「だってアレだよ! こうしちゃいられないっさ!」
声が大きいですよ鶴屋さん! ていうか、こうしてて下さい。気付かれますよ!
……と、俺が大慌てで鶴屋さんを止めに掛かったのが悪かったのか、立ち上がろうとした鶴屋さんの肩を押し下げようとした拍子に、
勢い余って2人で縺れ倒れ込んだ。俺の腕が枝に当たってパキッと決定的な音が響く。
「キョン君」
すみません、とりあえず今は静かに。
「い、いいけど……」
ハルヒの足音。本格的にピンチだ。息を潜め、見えないように姿勢を低くしていく。
「あんっ」
だから静かにしないと気付かれますって!
との意味合いを込めて、俺は鶴屋さんを見た。……見て、真っ赤になった鶴屋さんの顔と、俺達の体勢をようやく認識した。
あられもなく開いた鶴屋さんの足の間に、俺の膝が割って入り、まるで押し倒したかのように両腕で細い肩を掴まえている。いや、
間違いなく押し倒したんだが、問題はそういう事じゃない。
戸惑いを隠せない鶴屋さんの瞳は、薄く滲んだまま俺を見上げている。
「ちょっと誰か居るの?」
慌てて退こうとした俺の背中を、ハルヒの声が押し止めた。退くに退けず、謝るに謝れず、俺は長門もびっくりの幅で頭を下げ、
目で謝罪を表現するという難題に取り掛かった。
――すると鶴屋さんは、小さく笑ったかと思うと、あろうことか両手を伸ばして俺の頭を包み、しっかりと抱き寄せた。思わず声を
上げそうになる。鶴屋さんの腕のぬくもりが首筋に伝わり、吐息が耳に届く。確かにこうした方が見付からないだろう。
けれど、大胆すぎやしないか、これは。
ふと冷静になると、鶴屋さんの胸のふくらみの形が感じられて、また混乱する。しかし、そこから異常に早くなった鼓動が伝播してくると、
何故か俺は急に落ち着いた。こんな所にわざわざ隠れて、2人してこんなに緊張しているなんて、なんともバカらしいな、と。
しばらくして安全が確認されるまで、まるで恋人同士の如く、俺と鶴屋さんは抱き合ったままだった。
足音が途絶えてから数分後、そっと鶴屋さんから離れて垣根から頭を出すと、しゅんとした様子で立ち去る女子の後ろ姿が見えた。
「あれま、フッっちゃったのかな?」
ハルヒも、バツが悪そうに頭を掻いて、体育館の向こう側へと消えていく。
鶴屋さんは起き上がって、スカートと髪の毛についた芝や草を払っていた。実に手伝い難い。
……ええと、変な事に巻き込んですみません。申し訳ないです。
「べ、別に、いいっさ」
鶴屋さんは、まだ赤いままの顔で、とびきりの笑顔を見せてくれた。
「これは、あたしとキョン君の、ヒミツって事で!」