朝倉涼子の七並べ

朝倉涼子の七並 -fever seven-

 何かおかしい。
 そう気付き始めたのは、お盆を過ぎた夏の盛りの日のことだ。
 俺は居間で、干からびた軟体動物のようにぐったりしつつ、見たくもない高校野球を眺めていた。レフトにボールが上がりスピーカーから歓声が溢れるのと同時に、玄関のチャイムが鳴り響く。
 はいはい、などと我ながらババ臭い声を漏らして、俺は玄関に向かった。スリッパを引っ掛けて鍵を開けると、そこには、
「キョン君、久しぶり」
 夏の太陽も真っ青な笑顔を見せて、朝倉涼子が立っていた。
「間に合ってます」
 俺はドアを閉め――ようとするが、朝倉は凄腕保険員の如き茶色のパンプスをドアに挟み、どこぞの鉈女もびっくりのスピードで指先を差し入れた。
「ごめんなさい。驚いたよね?」
 このシチュエーションでゴメンナサイはやめてくれ。鳴く、じゃない、泣くからマジで。
「今日はね、キョン君にとてもお得な情報を持ってきたの。ちょっと協力してくれるだけで大もうけな話。嘘じゃないのよ?」
 今時ネズミ講だろうが深夜の通販番組だろうがそんなチープで陳腐なフレーズは使わん。
「うーん、何て言おうかしら。ほんとなの。今日は別に騙そうとか刺そうとか思ってないの」
 今日だけかよ。騙そうとか刺そうとか思ってる日が多すぎだ。
「だから言ったじゃない。お得な情報って。もう、観念したら?」
 目の前でわきわきと蠢く指先に激しく不安を抱きつつ、俺は言う通り観念した。大体、この様子をご近所さんにでも目撃された日には井戸端サミットでいらん噂が立ちかねん。朝倉は、している事と中身はアレだが、姿格好は正常な北高女子である。
 しぶしぶドアを明け渡すと、朝倉はその長い髪の毛を優雅に掻き上げ、
「ふう。ダメよキョン君、確認もせずにドア開けたりしたら。殺人鬼とかだったらどうするの」
 ……深く肝に銘じよう。
 
 俺はひとしきり電撃訪問の理由を考えながら、朝倉を居間に通した。まさか晩御飯に突撃して来た訳では無かろう。まだ昼前だしな。
 とりあえずコップ2つに麦茶を注ぎ、一方を正座して高校野球を見ている朝倉の前に出す。
 で、何の用だ。
「もう、せっかちなんだから」
 目を細めて朝倉は微笑む。いやその反応おかしいから。
「そうね……詳しく話す時間も無いし、単刀直入に言うね」
 そうしてくれると助かる。
「私、キョン君が好きなの」
 カキーン。おっとホームランだ。
 ……ああ、これは勝負あったな。俺は迫り来る偏頭痛と闘いながら、高校球児達の勇姿を瞼に焼き付けようとしていた。ひと夏の思い出は、斯くも脆く儚い。
「私ね、気付いたの。キョン君を殺したくて仕方が無かったのも、今思えば愛情の裏返しだったんだなって……。ほら、よくあるでしょう? 独占するには殺るしかない、っていうの」
 そんな風に思いこむ人は殺と書いてヤとは読みません。
「もう、意地悪なんだから」
 俺は素直なだけだ。
「あっ、窓の外で涼宮さんがラジオ体操第三してる」
「あの幻のか!?」
 ――窓の外は、穏やかな夏の午前に満ち溢れていた。誰もいねーじゃねーか。
 しかし、その一瞬が俺の命取りとなった。振り返った時にはテーブルの向こうに朝倉の姿は無く、嫌な悪寒に反応する事もできないまま、まるで影のように忍び寄った朝倉に押し倒された。
「素直なんだから。でもそういうところ、キョン君らしい」
 怪しげに艶やかに笑い、朝倉はあられもない格好で俺の上に跨る。所謂マウントポジションというやつだ。相手が相手なら、死ぬまでボコボコにされてもおかしくない。まあ、現時点でとっくに俺はボッコボコだが。
 朝倉は俺を覗き込むように視線を下げ、パサリと落ちた髪の毛を耳の後に掻き上げる。真夏の白い陽射しがうなじに映えて、何か透明なフィルターが掛けられたように現実感を失っていく。口紅をしているのか、朝倉の唇は赤く濡れていた。その瞳も何故か赤く見えた。
「だから用心しなさいって言ったのに……」
 朝倉の唇が近付いてくる。
 唾を飲み込むと、いやに大きな音が頭に響いて、俺は何も喋れなくなってしまった。とろんと目尻の落ちた朝倉の瞳が、真っ直ぐに視線をぶつけてくる。
 そして――――
 
 ぱちん、と何か風船の割れるような音が鳴った。
「チッ!」
 朝倉はその場から助走も無しに5メートルほども跳び退り、フローリングに足を着いて急停止する。次の瞬間、俺の目の前の空間が歪んだかと思うと、見えない球体が破裂、消滅する。
「ふん。そんな高級コードを持ってくるなんて、本気ね長門さん」
 朝倉は唇を舐め、独りごちる。そしてまたしても何も無い空間から、北高生徒が姿を現した。
 それが誰なのか、言わずもがな、である。
「うかつ。前回とタイムスタンプがズレている」
 これこそ天の助けだ。
 長門は何か呟きつつふわりと着地すると、朝倉を直視し、直視してから、靴を脱いだ。
 そうここはカーペットの上。今更だが。
「いつもリソースの無駄遣いは止めろと言う貴女が、どのような意向かしらね」
「今のは緊急。やむを得ない」
「お父様に怒られるんじゃないの? 最近少し不良になったって嘆いてるそうよ?」
「……なってない」
 なんとなくだが、長門が微妙に怒っている。いや、ここは怒らせた朝倉が凄いと言うべきなのか。
「大体ね、ここで私の邪魔をする権利が貴女にはあるの? 別に大きな違反は犯してない筈よ」
「過程ではなく結果が問題。あなたの狙いは判明している」
 ぴくりと朝倉の目元が動いた。
「……そう、やはり私はどこまで行っても貴女のバックアップ……。仕方のない事だけれど、厄介なものね。だからグローバル変数を無計画に使うなって言ったのに」
「待って」
「待てと言われて待つ奴は居ないでしょ。ここは一旦引くわ。……でもキョン君、絶対に戻ってくるから、もう少し待っててね?」
 ウインクを残して、朝倉は暗がりへと消える。若干腰を落としてしばしの臨戦態勢だった長門だが、やがて落ち着いたのか、結局ずっと座りっぱなしだった俺の対面に腰を下ろした。
 ちなみに靴は持ったままだ。置いてくればいいと思うんだが。
「……危ないところ。あと約1398ミリ秒で未来が変わってしまうところだった」
 未来が変わる――とはまた物騒な話だ。そんなに重要な場面だったのか、アレは。
「そう」
 とにかく、何がどうなっているのか話してくれないか。そんな要望に、長門は、朝倉が手を付けなかった麦茶を半分飲み、僅かに人心地ついたような表情を見せて語り出した。
「とても、お得な情報がある」
 待たんかい。
「なに」
 俺の滑らかなツッコミ。しかし長門は不満だったのか、その唇の標高が0.5mmほど上昇した。
「……いや、なんでも」
「そう」
 長門は麦茶を一口。
 解ったこと。宇宙漫才は地球人類には理解不能である。そのまた逆も然り。
「時間も容量も無いので簡潔に言う。現時点で、涼宮ハルヒ起因の問題が起こっている真っ最中」
 やはりか。そんなところだろうとは思ったぞ。
「その現象とは、8月17日から31日までの2週間をループし続けるという現象」
 ループだって? つまり……31日の次は1日じゃなく、その17日とやらなのか。
「そう」
 どうしてそんな事に――と訊いても無駄な事は解る。なにせ長門が居ても、その事態が収束していないからだ。つまりこれは長門の手に負えない出来事だという事になる。
 ところで、し続けている、という話だったが、一体どれくらいループしているんだ?
 ……それは、当然のように次にやってくる疑問だった筈だ。しかし長門は俺のその言葉を聞くと、僅かに緊張した面持ちになり、しっかりと俺の目を見据えて口を開いた。
「おめでとう」
 長門は言う。
「今回が777回目」
 
 
 古代から、言葉に言霊が宿るように、数字にも不思議な力が備わっていると考えられてきた。
 七、とは、七曜から始まり、七草や七洋のような自然界の物事、さらには七味唐辛子に七種競技、G7とA7、マイルドセブンに女性セブン、はっぴぃセブンとわくわく7、そして七つの大罪に至るまで、様々な事象に深く繋がっているとされ――――
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
 珍しく饒舌モードの長門ではあったが、俺は思わず引き留めた。
「はっぴ……?」
「大丈夫。一般人は知らなくていい事」
 長門はタツノオトシゴが舞い踊る妹の茶飲みを手に、神妙に告げる。だったら言わんでくれ。
「というわけで、7には結構パワーがある。それが3つ揃っている。だからとてもとてもすごい」
 とても、を2つ並べるくらい凄いらしい。
「例えばどれくらいのパワーだ? そうだな、東京ドーム何個ぶんとか」
「東京ドームに換算すると2.1グーゴルプレックス個ぶんくらい」
 ……即答されてしまった。いや、訊いた俺が悪かった。
「そう。単に相対性理論に当て嵌めると解りやすい」
 驚くほど解り難いぞ。
 一息ついて、長門は麦茶を飲み干す。持ってきておいたポットから注いでやると、それには手を付けずに解説は続いた。
「その膨大なパワーは、まるで涼宮ハルヒの持つ情報改変能力のような動作を模倣する。また、この能力は、幾つかの個体の意図、意志、意義を束ねる事で、さらに強化する事ができる」
 束ねて、強化? その言葉にピンと来た。つまり、朝倉は、
「あなたの精神を自らに束ね、より強いイメージを作り出そうとしていた」
 なるほどな。理由はさっぱりだが意味はわかる。
 ――だが、朝倉はそのチカラで何をしようと言うんだ?
「お願いがある」
 ふと思案していると、長門が俺の目を真っ直ぐに見て言った。
「あなたのチカラを貸して欲しい」
 俺の? とは言え俺は善良な一般市民な訳だが。
「今回に限ってそれは真実では無い。ループに参加する者はすべて一定のエネルギーを抱えている」
 すっと長門は立ち上がって、ゆっくりと歩み寄る。夏の陽射しを背にした小柄な長門は、どこか、淡く消えてしまいそうな色彩を伴っている。しかしその黒い瞳は俺を見て逃さない。
「朝倉涼子の企みを阻止する。思考の同調を求める」
 ……そうか、俺にあるというパワーを長門に貸せば、朝倉のものを上回れるという事か。願ってもない、あいつが何を考えてるか解ったもんじゃないが、ろくな内容でないことには違いないからな。
「手を」
 普段より積極的に動く長門は、ひょっとしたらそれだけ焦っているのかもしれない。俺はその白い小さい手を取ろうとして――――
 
「ちょっと待ったー!」
 古っ! と思わず反応した俺だったが、今度はそれに長門が着いて来れなかった。地球人と宇宙人はやはり相容れぬサダメなのか。
「あわてないで! それは長門さんの罠よ!」
 唐突に姿を現した朝倉は、緊迫した表情で叫ぶ。どういうことだ。
「長門さんの目的は私の排除なんかじゃないわ。もっと恐ろしい陰謀があるのよ!」
 陰謀? まるでレジデント・オブ・サンでも出てきそうな流れだな。
「そんなフィクションだかギャグだか判らないようなチャチな話じゃないの。この世界全体に関わる大問題なのよ」
 今の発言も若干問題な気はするが、それはさておき、どういう事だ。
「長門さんの真の目的は――――」
 朝倉は真っ直ぐに指を突き刺して告げた。
「涼宮ハルヒの代わりに正ヒロインのポジションに収まる事よ!」
 な、なんd
「違う」
 流れるような朝倉と俺のコンビネーションをぶった切って長門が口を挟んだ。空気読め。
「何が違うと言うの? 大体、最近主役を食い気味の長門さんがこの先に望むことなんて、もうそれほど無いじゃない」
 朝倉の言葉に、しかし長門は、何も解ってない、と言いたげに首を振る。
「わたしが望むのは、僅かな"流れ"」
「流れ……?」
「そう。物語のメインストリームに決して乗る事の出来ない涼宮ハルヒを差し置いて露出を増やす度、読者の人気をより多く取り込み、そこに発生する金銭の動きによって、やがては作者の意志をも改変していこうとする、その"流れ"を止めない、そういう微々たる、しかし確実で、けれど違和感の無い、そんな情報修正をわたしは望んでいる」
「な、長門さん……! なんて恐ろしい子!」
 朝倉は白い目で仰け反っている。
 しかし長門がそんな事を考えていたとは……。権力は人を狂わせるのか。
「平気。あなたはこの777回目が終わればすべて忘れる」
 アフターフォローもバッチリ決まってるらしい。
 さすが長門、ぬかりない。
「くっ……。喜緑さんはキャラソンなんかで満足しちゃってるし、キョン君はモノローグに逃避してるし、あの未来人は胸ばかり大きくて役に立たないし……やっぱり、長門さんの陰謀を止められるのはもう私しか居ないようね……!」
 ぐっと腰を落とし、朝倉は前傾に構える。
 それに対して長門も軽く身構え。
 
 そんな緊迫の一瞬を超え、真っ直ぐに長門を指差し朝倉は吠えた!
「おでんの具コンニャクだけにするわよ!!」
 ビクリと振るえた長門の隙を朝倉は見逃さない。まばたきより短い時間で俺の目の前まで踏み込んだ朝倉は、手首を握ると素早く呪文を口走った。
 慌てて伸ばす長門の手は、俺に届かない。
 目の前が暗転するのと、足裏から重力の痕跡が消え去るのは、ほぼ同時であった。
 
 
 あの、時間遡行にも似た浮遊感は一瞬で無くなり、再び重力に体が捕らわれた時には、俺は学校の教室に居た。俺の隣で手を握っていた朝倉は、ふう、と息を吐いて窓の外を見る。
「あまり時間は無いわ。長門さんなら数分でここを見付けてくる筈」
 朝倉は真剣な眼差しで俺を見て、
「だからお願い。わたしにキョン君のチカラを貸して。そうすれば長門さんの陰謀も潰えるわ」
 断る。
「ありがとう。じゃあ、目を瞑ってて?」
 だから断ると言っただろう。
「どうしてよ」
 口を尖らせて、朝倉は俺を睨む。
 あのな、どさくさに紛れて何をやらかそうって言うんだ。これじゃ単に長門の陰謀が朝倉の陰謀に変わっただけだろうが。まずお前の望みを教えろ。どうせロクなものじゃないだろうが。
「わたしの……望みは……」
 言い辛そうに朝倉は顔を伏せ、しかし間を置かずに呟いた。
「……ひょうし」
 なんだって?
「表紙よ、表紙。だって順番から言ったら、次は私の番でしょう!?」
 拳を握りしめて力説する朝倉。
 いや……そこで真剣に訴えられてもな。俺にどうせよと言うのだ。
 若干引き気味でいると、朝倉は唐突にウインクをして「べー」と舌を出した。ケンカ売ってんのか。
「違うわよ。練習よ練習、表紙の」
 諦めろ。
「早っ!? ちょっとキョン君、それは酷いんじゃないの?」
 だがな朝倉、世の中ってのはそう簡単にはできてないんだ。ウケたアニメの続編が、必ずしも同じスタジオで制作されるとは限らないんだぞ。
「な、なんか物凄く怖い例えだけど、それはともかくスリーセブンナンバーズの力があれば私の願いは叶うの! お願い、協力して……そうしないと、長門さんがメインヒロインになっちゃうかもしれないのよ!?」
 それはそれで悪くないんじゃないか。
「ぶっちゃけ過ぎよ!」
 何を今更だ。俺はもう疲れているのだ。大体お前は何故そんなに表紙にこだわるんだ。
「そ、それは…………」
 朝倉はもじもじとしつつ、
「だって、表紙になったら再登場できるし、キョン君と……また、会えるでしょう?」
 目を潤ませて言った。
 会えると言うか、刺せるの間違いじゃないのか。それは。
「もう。キョン君のいじわる。あれは全部きみど、いたっ!?」
 突如ナックルのような奇妙な軌道を描いて硬式ボールが来襲、朝倉の後頭部でコンといい音がした。
「な、何?」
 頭を押さえて振り返るも、窓の外には誰も居ない。
「ま、まあいいわ。とにかくもう時間がないの。力ずくで行くわよ」
 言うと、朝倉はやにわにスカートのジッパーを降ろした。
「なっ!?」
「とにかく既成事実を作ってしまえば私の勝ちよ。あとは残りの2週間でじっくり料理すればいいわ」
 俺は食材じゃねえ!
 逃げるが勝ち、とはよく言ったもんだ。俺は慌てて廊下へ出ようとしたが、当たり前だがとっくに扉は無くなっていた。逃げられなかったので負けである。なんてこった。
 そうこうしてるうちに朝倉はセーラー服を脱ぎ捨てて、下着のみになっていた。暗い空間に、朝倉の白い肌が映える。ふとももからふくらはぎにかけてのラインや胸の膨らみが、微妙なシルエットで浮かび上がる。BSジャパンあたりのフランス映画によくあるイメージシーンみたいなもんを思い出す。
 ――あのな、朝倉、
「うん、それ無理」
 何も言ってねえ!?
 頭を抱えていると、朝倉はさらにブラを外してすとんと下に落とす。
 ああもうまったくどうにかならないのか。とは言え俺は一般人、朝倉は宇宙人。一般よりは宇宙の方が明らかにヤバイ。宇宙はヤバイのである。

 と、
『今回に限ってそれは真実では無い。ループに参加する者はすべて一定のエネルギーを抱えている』
 
 長門はそう言っていた。
 それはつまり、この俺にすら、この苦境を突破できる力があるという事ではないのか?
 そうだ。ここで悩んでいる時間はない。俺は一刻も早く元通りの生活に戻りたいのだ。やり方なんか分からんが、願いが力を動かすというのなら幾らでも願ってやろう。
 そう――――
 
 自ら服を脱ぎながら何故か顔を赤くしていた朝倉は、はっと顔を上げる。
「待って! キョン君!」
 待てと言われて待つ奴はいない。俺は叫んだ。
「俺の願いは、このループを飛ばす事だ――――!」
 
 
 
 
 
 
 ――――何かおかしい。
 そう気付き始めたのは、お盆を過ぎた夏の盛りの日のことだ。
 俺は居間で、捨て置かれた新聞紙のようにぐったりしつつ、見たくもない高校野球を眺めていた。ライトにボールが転がりスピーカーから歓声が溢れるのと同時に、玄関のチャイムが鳴り響く。
 へいへい、などと我ながらジジ臭い声を漏らして、俺は玄関に向かった。スニーカーを引っ掛けて鍵を開けると、そこには、
「キョン君、久しぶり」
 夏の太陽も真っ青な笑顔を見せて、朝倉涼子が立っていた。
「人違いです」
 俺はドアを閉めた。バタンと大きな音をたてて閉まるドア。
 ……なんなんだ?
 レンズを覗くと、朝倉は肩を竦めて立ち去ろうとするところだった。明らかに様子が変なのが気になった俺は、チェーンを掛けて薄くドアを開ける。
「……朝倉?」
 俺の声に朝倉は嬉しそうに振り返ると、俺と、さらに俺ではない誰かに告げた。
「7777回目にまた会いましょう」